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ヒロシさんが一気に追いついてきたので

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 4月22日(月)22時54分44秒
  こっちも逃げ切りにかかるの図  
 

4月は色々用事があって進みませんなあ

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 4月13日(土)20時50分50秒
  今日は町内会の総会(私は役員)で、今酔っ払ってるし、明日は奥さんの実家の「すじまき」。
まあ、少しずつ進めて行きます。
 

今日は足回りを仮組みしてみました

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 4月 8日(月)22時57分43秒
  タイヤがちゃんと回るかのテストです。
この後再度エンジンを外して、細かいパーツを順に組んでいく予定です。

こうやってヒロシさんにプレッシャーを与え続ける鬼畜。
 

着々進行

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 4月 7日(日)00時31分32秒
  あと一ヶ月強。頑張らねば。
ヒロシさん、僕は先に行くよ。
 

早いですよー

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 3月25日(月)21時20分17秒
編集済
  これから予想される面倒な作業は、
・デカールのタッチアップ(デカールの質が悪く、無理にいじったところがちょっと汚くなった)
・フィギュアの塗装
くらいでしょうかねー。エンジンの小物類の塗装は淡々と進むと思います。

でもどんな落とし穴が待ってるかわからないし、あと1か月半と考えると安心してはいられない感じ。新年度は何かと忙しくて時間もどのくらい取れるか見えませんし。

それなのにヒロシさんは並行作業ですか。信じられない。そもそも「毎月一つ」なんてとても無理です。
定年になったらたっぷり時間も取れるかなと思ってるんですが、一日中プラモってわけにもいかないでしょうしね。

550スパイダーとガジロウは完成が見えている感じですね。
ガジロウ・・確かにこれが近づいてきたら子供は泣くわ。
 

平行作業

 投稿者:ヒロシ  投稿日:2019年 3月25日(月)14時59分56秒
  早いですねぇ。
もうモノコック(ボディカウル)の塗装まで進んで、どんどん組み上がっていきそうですね。
私の方はマトラに集中すれば良いものを、よせばいいのに幾つか並行で製作しているのでまだマフラーの調整でウロウロしています。
そうれというのも、在庫減らしもあって「毎月一つは作品を完成させる」というノルマを自分に課しているからなんですが・・・
マトラは何とか4月中に完成させられるように頑張ります。

因みに現在製作中なのはマトラの他、1/43 ポルシェ550スパイダー ル・マン '1954、レベル1/32 P-40Eそして河童のガジロウなどです。
今月中に550スパイダーとガジロウは完成させられそうです(笑)

http://hj.at.webry.info/

 

今日はここまで

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 3月24日(日)23時22分7秒
  徐々に完成に近づいている感触はあります。  

ここからはどんどんと行きます

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 3月19日(火)22時55分2秒
  色はタミヤの「フレンチブルー」缶スプレー。
実際よりやや薄い感じがするが、当時のお約束ですから。
 

同時進行は刺激的ですねえ

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 3月11日(月)23時10分2秒
  マフラーの話、もうこのままずっとしていたいくらい楽しいやり取りでした。メカにしても素材にしても加工方法にしても、性能・コスト・生産性などを考えた上での結果として現実化するわけで、そこに至る先人の苦心を想像するだけでワクワクします。

今回は走らせることだけを目的に、ディテールアップはヒロシさんにお任せと思っていたんですが、やっぱりどうしても気になる部分はスルーできません。でも最低限で行きますので、あんまり心配しないでね。

ロッドとマフラーの干渉、どんどん進めてください。そして初めてエンジンをシャーシに載せた時の「ギャーッ!」って叫びを聞きたい。一発で決まらないような気がします(笑
 

マフラーの色

 投稿者:ヒロシ  投稿日:2019年 3月11日(月)11時40分26秒
  マトラを含め当時のF1マシンなどがマフラーを白に塗っていたのは単純に鉄製のマフラーに耐熱塗料として塗っていたからだと思ってましたが、いろいろ考察すると興味深いですね。
70~80年代の国産車用のタコ足で有名なフジツボとかトラストは白や黒、ブルーに塗られていたのを思い出します。

それにしても模型電動士さんがマトラにどんどん手を加えていくので、私も手抜きできなくなり困ります(笑)
ブレーキパイプなども作らないと(汗)

http://hj.at.webry.info/

 

そのジレンマ、何となくわかる

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 3月10日(日)20時41分7秒
編集済
  好きなことをとことん突き詰めていけば、それで食えるようになるって場合もありますが、なかなかそう上手く行かないのが実際ですよね。 自分が好きで作ったものに買い手がつけば嬉しいですが、大抵の場合は作りたいものと(先方が)欲しいものは完全に一致しない。

注文に応じてお作りすれば売れ残ることはないですが、その分先方の熱心な要望に応じるのも確かに面倒。

ただもし私が、例えばプラモの制作依頼を受けるとしたら、得意な分野に限らず喜んで受けるような気もします。普段やっていない分野はもしかしたら「食わず嫌い」なのかもしれず、作るために資料を集めたりし出すと面白いかもしれない。

ただこうのたかとりさんは
「以前にプラモデルの依頼製作もやってましたが、やめたいと思うことはありませんでした」
「プラモと違い、部品を一から作らなくてはならず手抜きができないというのも一因のような気もします」
と書いていらっしゃるので、何か抜け出す方法はありそうな気がします。

すでに結構な数を作っているのかもしれませんが、まだプラモほど手慣れていないとすれば、工程をシステム化したり、お客さんから意見を聞いたりしながら、作るのがおっくうにならないようにする工夫は無駄にならないかも・・・。

後は値段ですかねぇ。段ボール模型をやっている人は多くないと思うので、相場はないようなもの。依頼してくる人はどうしても欲しいから連絡してくるわけで、もしかしたら思うより高い値段でもお客様と合意できるかも。
 

こだわり道場

 投稿者:こうのたかとりメール  投稿日:2019年 3月10日(日)01時56分33秒
  模型電動士さんこんばんは。
以前、ダンボール工作で何度か投稿させていただいた者です。
今回のこだわり道場、興味深く読ませていただきました。

あれからまた何点か車のダンボール作品を作って参りました。
私の場合、もともとはプラモデルを作ってましたが、収入の減少によりプラモデルにコストをかけられなくなり、それでも何か作りたいという欲求に勝てず、コストのかからないダンボールに移行して行きました。

最近は製作料をいただいて注文製作をするようになりましたが、まったく興味のない車を作るモチベーションの代償が払っていただける製作料という現象になっていて、作りたい車を作れないストレスも増加しています。

また、納期との戦いや依頼者様との面倒臭いやり取りも多く、最近はこの趣味をやめたいとさえ思うこともあります。
プラモでは販売していないモデルも作れますので、納品するとお客様には喜んでいただけますが、
やはり、「喜び」<「ストレス」という状態です。
以前にプラモデルの依頼製作もやってましたが、やめたいと思うことはありませんでした。

好きなダンボール工作のはずなのに、やりたいことからやるべきことになっているのは喜ぶべきなのかどうなのか。
そのようなことを考えることが多くなって参りました。

やはり、プラモと違い、部品を一から作らなくてはならず手抜きができないというのも一因のような気もします。
だったら依頼製作をやめたらいいのですが、貴重な収入源となっているためやめることすらできません。
仕事と趣味の中間のこの状況で揺れ動く中年の心境がおわかりいただけたら幸いです。
 

確かに当時のマフラーは白オンパレード

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 3月 4日(月)20時47分41秒
  確かにマトラやPシリーズだけでなく、あの当時のマフラーは白が一般的だったですね。

私は専門家じゃないですが、ちょっと調べた範囲では
・例えばシリコーン系耐熱塗料の場合、着色顔料はほとんどが金属またはその酸化物(無機質顔料)
・着色顔料で代表的なものが酸化チタン
・酸化チタンは白
ってことで、当時耐熱性が良い塗料として白が普通に使われていたんじゃないかと想像しました。

サスアームはやっぱりメッキが「らしく」っていいですよね。ホンダF-1も、 RA273の時はメッキでしたが、RA301では黒。「なんかつまんない」と思った記憶があります。
 

F1の歴史は興味深い!

 投稿者:SHUN1/24メール  投稿日:2019年 3月 4日(月)18時24分37秒
編集済
  SHUN1/24です。

マトラF1の排気管の色の考察、非常に興味深いものがありますね~!!
1967~71年頃のF1レースは当時の私の青春時代にピッタリ被さります。

排気管の色、当時は白い耐熱塗装は割と一般的で、フェラーリのPシリーズもそうですが、F1も白でした。
他チームでもホンダF1なども一時期白だったし、国内のトヨタ7も白だったし、更には66年のインディー500ではロータス38は黄色に塗装されてましたね!
熱的には勿論黒が放熱性では優れてるとは思いますが、当時の私は「黒は清潔感がなく、やはり白の方が美しい!」と思っていました。

メッキパイプも使っているチームも多数ありましたが、一般的にはタコ足以降のストレートテールパイプ部分にクロームメッキパイプを使っているチームが多かったような気がします。(かの名機・ロータス49などもストレート部はギンギンのクロームメッキでしたね!)

クロームメッキと言えば、私が入社した頃、『クロームメッキは水素脆性が危惧される』と言う事を教わりました。
当時のF1のサスアームはメッキが一般的でしたが、その後黒塗装になり、現在ではカーボン製となって地肌はカーボン模様の黒ですもんね!

F1カーは当時のマトラMS11だけではなく、(今でもそうですが)、一戦ごとにそれも予選時と決勝時でも仕様が様々に異なっていますね!
私も手持ちのマトラF1の資料写真を見ても、ついうっかり予選と本戦のごちゃ混ぜになってしまいます。
 

ピカピカの金属は放熱性の面では論外のようですね

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 3月 3日(日)10時58分3秒
  ヒートシンクなどでは黒い塗料を塗るのが普通だと思うんですが、色によって放熱性(放射率)はあんまり変わらないと考えてよいみたいですね。
当時のフェラーリのプロトタイプレーシングカー(Pシリーズとか)の排気管は軒並み白いし、白い耐熱塗料を塗るのは当時のスタンダードだったんでしょう。

ピカピカの金属の場合、放熱性は最悪。そういう意味で初期の3本出しマフラーはダメだったのかも。

面白いですねえ、こういう考察。
 

想像ですが

 投稿者:TH  投稿日:2019年 3月 3日(日)01時23分16秒
  ステンレスは通常の鉄に比べ溶接が難しいので普通の鉄材を使って錆びて見栄えが悪くなるのを防ぐため白く塗っていたのではないかと。重さはスチールもステンレスも大して違わないです。チタンは軽いけど70年代ではそんな材料はそもそも無かった訳で。
あとは放熱性を考えると塗装面の方が金属光沢面より、ふく射率が高くより冷えるかなと・・・
エンジンの排気温ってフルスロットル時は900℃以上ありますからねぇ。

http://mryacht.masa-mune.jp/

 

確かに耐熱塗料なんでしょうけど、疑問も色々

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 3月 3日(日)00時23分24秒
編集済
  >THさん
見解、ありがとうございます。私の勤めている会社でも熱を扱う製品を作っているので耐熱塗料は色々使うんですが、目的はステンレスや普通の鋼板が焼けて変色するのを嫌うためがほとんど。後は腐食を防ぐくらいでしょうか。

レーシングカーのマフラーにわざわざ白い耐熱塗料を塗る目的は何だったんでしょうかねぇ。しかも3本出しの時は塗ってなかったわけだし。

まあ、3本出しから2本出しにして、しかも短くしたことでずいぶん軽量になったことは確かだろうし、ついでに材質も落としたんでしょうか・・・。あくまでも想像の範囲ですが。
 

白い排気管

 投稿者:TH  投稿日:2019年 3月 1日(金)23時00分9秒
  60~70年代のレースカーの排気管は白(一部は黒もあった)いのは、耐熱塗料を塗っていたからですね。今はチタン、ちょっと前までステンレスで塗装を必要としない材質だから、耐熱塗料を塗っていたなんて想像し難いですけどね。
レースでは1戦ごとに仕様を変えるのは当たり前で、昔はおおらかだったとはいえレース中に細かく取材するなんて出来ないでしょうから「細かな仕様は気にせず」というのは正解だと思います。

実際のサーキットを走った経験が模型製作に生きるのか分かりませんけど、作ってる時に音や振動、焼けたオイルの匂いとか思い出しながらになるので楽しいのは確かですね。
筑波はサーキットの中ではかなり低速になりますでしょうか。FISCOやSUZUKAだと市販車でも軽く200km/hオーバーですから。

http://mryacht.masa-mune.jp/

 

確かにそうみたいだ

 投稿者:模型電動士  投稿日:2019年 2月28日(木)23時18分36秒
  マトラの実車に関しては、ネットで画像を探しまくっているんですが、三本出しの方は結構見つかりやすいものの、二本出しの白いマフラーの方はなかなかこれと言ったものが見つからないです。
でもいくつかの写真をよく見てみると、確かにひろポンさんのおっしゃる通りのようです。

それにしてもマトラMS11、レースごとにあちこちが違っていて困りますねえ。箱絵のゼッケン6番はフランスかイタリアになりますが、スポイラーで考えればイタリアになるものの、追加タンクの形状、コックピットカバー、オイルクーラーの数、バックミラーの取り付け方・・・等々違う所が多すぎる。
こうなったらどのレースに出た仕様かはあまり気にせず、キットなりに仕上げていくしかないと思ってます。

あのキットの発売は1969年12月。開発に例えば10か月かかるとし、実車も取材したとすればその時期は1968~1969年のオフシーズンになります。
ここからは妄想ですが、タミヤが取材に行った時はすでにMS80を開発していたり、69年の初戦に出すMS10の準備に忙しく、お役御免のMS11の方は「適当に組んでおいたからあとは宜しく~」状態だったのかなあ。

とにかく5月にバッチリ間に合わせるには、悩んでいる余裕もなさそう。こんなすごい海外モデラーの作品を見せられると、ホント、体に悪いですぅ。
 

マフラーは

 投稿者:ひろポン  投稿日:2019年 2月28日(木)14時44分8秒
  >こんにちは。
あのエキパイですが当時最初からモナコで作った私は気がつきませんでしたが、最後にエンジン載せてから思い切り曲がるという悲しい結果に泣いた友人がいました(笑)

で、あのマフラーの段差ですが後年イマイのを作る時にいろいろ調べたけれど、あんな仕様が見つかりませんでした。
というかキットはあのまま作るとマフラーは長すぎます。
当時のレース画像を見ると4本仕様は結構短いので、あの段差でカットすると正しい長さになるのではないかと。
おそらくタミヤは発表時の構造図イラストを参考にしたんでしょう。
※参考に海外の凄いモデラーの画像を添付します。

http://blog.goo.ne.jp/campari33

 

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