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セイバーメトリクス

 投稿者:木下筑前守  投稿日:2018年 2月 8日(木)21時49分59秒
返信・引用
  САШАさん、こんばんは

>打率三割30本塁打のほうが塁打数が多いと推測されるため合理的なんでしょうけど

 たしかに塁打で考えると3割30本がいいみたいですね。
4割打者はメジャーリーグでは存在しますが、戦前を入れても日本ではいないですね。
(独立リーグだといますが)

>私だったら盗塁数や守備力など総合的に評価したいです。

 実際のところはそうなるんでしょうし、球団の編成部もそういう人選するんでしょうね。
映画にもなった書籍「マネー・ボール」でビリービーンGMが重要視した能力、重要視しなかった能力を比較すると、
出塁率・選球眼は重要ということで、特に選球眼は鍛えてもその人のセンス以上に能力は上がらないとか。
逆に、バントや盗塁はやったところで得点する確率が上がるわけではないと消極的だったそうです。
選球眼でいえば、メジャーリーグではよほど選球眼がいいのか、20世紀には1シーズン三振数で200を超える例はなかったのですが、
(ブライアントが204三振をしたときは、メジャーでもいない大記録と揶揄されてました)
21世紀になって、2000年代の後半あたりから1シーズン200三振以上するメジャーリーガーが
ゴロゴロ出てきました。なにか打者に対する変化があったのでしょうか。
バントの場合、日本だと時代を追うごとに頻度が上がってますが、メジャーリーグでは下がってますね。
盗塁に関していえば両リーグともさほど変化はないようですが、投手・捕手の連携がうまくなったのか
最近は盗塁企図自体の数字が落ちてきていますね。

>日本に考える野球、走る野球を持ち込んだのはブレイザー氏だと言われています

 ノムさんはシンキングベースボールに関してブレイザーさんに感謝してると書籍で書かれてますね。
ドン・ブレイザー監督といえば、阪神時代にファン(と思われる人)からカミソリ入りの封筒を送られて
奥さんから「こんな野蛮な国はイヤ」と監督をやめて帰国していますが
(他にも理由はあったのでしょうが)
当時大型新人の岡田選手を一軍の試合に出さなかったり、当時阪神ファンから絶大な人気があった田淵選手を放出したりと
勝つ目的での監督の行動としてはいいのかもしれませんが、他からみると首をかしげる行動してたのかもしれないですね。
だからといってカミソリ送るのは論外ですが。

>王選手は甲子園球場であまり打ってなかったのですね。

 今でもそうでしょうけど、伝統の阪神巨人戦だと阪神の選手も意気高揚となるのかもしれないですね。
実際に見たわけではありませんが、王・江夏、長島・村山の対決は語り草だったそうですね。
甲子園球場でホームランといえば田淵選手でしょうか。YouTubeでみると、田淵選手のホームランは
9割以上の確率で、3塁回ったあたりからファンのオッサンが一緒に走るというのが出てきます。
当時は問題なかったのでしょうか。
ただ、映像を見る限り、田淵選手がホームインしたらそそくさと帰っていくので、それなりの暗黙の了解があったのでしょうか。
それだけ阪神ファンに愛された選手だったのでしょうね。
 
 

球場別ホームラン数

 投稿者:САША  投稿日:2018年 2月 7日(水)14時05分6秒
返信・引用
  こんにちは。打率三割30本塁打のほうが塁打数が多いと推測されるため合理的なんでしょうけど三割30本塁打だったら今までに達成した打者がそこそこいるため前人未踏の四割打者だったら客寄せパンダ的に使えるでしょうね。
私だったら盗塁数や守備力など総合的に評価したいです。
やはり王選手は甲子園球場であまり打ってなかったのですね。私はセ・リーグでは阪神ファンです。阪神戦では王選手はフライが多い印象がありここ一発試合を決めるような一打を決める長嶋選手のほうが怖かったです。
昔の日本のプロ野球は足が遅く守備が下手でも長打力さえあれば重宝されました。日本に考える野球、走る野球を持ち込んだのはブレイザー氏だと言われています。ブレイザーイズムを継承したのは野村克也氏です。今は当たり前の考え方ですが昔は本当に長打力のある選手の緩慢プレーが目立ちました。
 

王シフト

 投稿者:木下筑前守  投稿日:2018年 2月 7日(水)00時36分41秒
返信・引用
  САШАさん、こんばんは

>選手は凄い選手でフライ、引っ張り専門、一本足打法で首位打者もとっています。

 引っ張り専門として有名なのは、いわゆる「王シフト」ですね。
広島カープ(当時)の白石監督(当時)がやりだしたそうで、当時としては画期的だったのでしょうね。
王さんも、後のインタビューで
「・・・だったらその間を抜ける球を打ってやる。それがだめならさく越えしてやる」
と闘志を燃やしたと語っています。
この年(昭和39年)は本塁打55本放っていて、長らく破られなかった日本記録を樹立していますが、
この王シフトでの闘志を燃やしたからだと言われていますね。
実際にはこの年は広島から放った本塁打が一番少なく
(国鉄17、大洋13、中日9、阪神9、広島7)
打率も記録では.320でしたが、広島だけだと.291だったので王シフトの効果はあったようです。
王さんのフォームだと流し打ちを狙うとバッティングフォームが崩れてしまうということで、
白石監督はそれも狙っていたそうですが、そういう面では狙いが外れたことにはなりますね。

>非力な王選手が引っ張りの遠心力と大飛球でギリギリ狭い後楽園球場に入れていました。

王さんのホームランの球場別をみますと
(後楽園413、広島市民(初代)102、ナゴヤ100、川崎77、甲子園66、神宮65、他地方球場45)
と後楽園球場での試合が半分ちょっとで(国鉄スワローズは昭和38年まで後楽園球場が本拠地だった)、
半分以下のホームランということを考えると、とりたてて狭かったというわけでもないようですね。
ちなみに、ビジター球場では総試合数の10分の1行いますが、平均(総ホームラン数868の10分の1)以上の
広島市民とナゴヤは王さんにとっては打ちやすかった球場だったのでしょうか。

>王選手でも史上初の打率四割を目指せたかもしれません

 南海ホークスの門田さんは「ホームラン打たなくていいなら打率4割以上打てる」と話したそうです。
門田さんは打率も残しているため決して大振りだけで打ってたわけではないのでしょうが、
実際のところ、打率.400 本0の選手と、打率.300 本30の選手ってどっちが使えるのでしょうかね。
 

ミートの天才

 投稿者:САША  投稿日:2018年 2月 6日(火)14時36分35秒
返信・引用
  こんにちは。王選手は凄い選手でフライ、引っ張り専門、一本足打法で首位打者もとっています。一本足打法は監督、コーチに言われタイミングをとるために最初は一時的にはじめたものでした。それを本人が気に入ってずっと続けていました。一本足打法とはタイミングをとるためで反動をつけ体重を乗せるのは副次的効果です。しかし王選手の振り方を見ていると反動をつけ遠くに飛ばすことをメインにしているとしか思えません。非力な王選手が自分の体重をボールに瞬間的に乗せているように思えます。非力な王選手が引っ張りの遠心力と大飛球でギリギリ狭い後楽園球場に入れていました。かなり無理をして後楽園球場に特化したホームランバッターになっていると感じました。一本足打法は体がぶれるため遠くに飛ばすのは有利でもミートするのは不利だと思います。大飛球よりライナーのほうが打率を残しやすいと思います。引っ張り専門より広角打法のほうが打率を残せます。二本足打法、広角打法、ライナーに改善していれば足が遅い王選手でも史上初の打率四割を目指せたかもしれません。あんな不利な打法で首位打者をとっているのですからミートの天才だと思います。  

左利き

 投稿者:木下筑前守  投稿日:2018年 2月 6日(火)00時44分14秒
返信・引用
  САШАさん、こんばんは

>大阪球場は狭い球場で野村選手や門田選手がホームランをたくさん打てた一因だと思います

 大阪球場でしたね。南海ホークスの球場だったから南海球場だと思ってました(´ω`)
当時はどこも両翼90mほどで狭かったようですね。
今は影も形もありませんが、東京球場は狭すぎるということで、ロッテに買い取りを拒否されたそうです。

>王選手はピッチャーだったため肩は強いのですが足が遅いため外野手では使えず

 そういえば、王さんは一塁オンリーですね。
基本的に左利きの選手は一塁以外は外野しか守備できませんが、足が遅い(イメージがある)選手はそこそこ見かけるような気がします。
V9時代に限って言えば、柴田選手や高田選手らの鉄壁外野陣がいたので王さんの入り込む余地はなかったのでしょうけど。
もっとも、当時日本最高の打者だったので一塁を脅かされるということがなかったのが
最大の要因なんでしょうね。

>足が速く打球も速かった中西太選手は大リーガーも高く評価していました。

 昭和30年前後にメジャーリーガーからの評判は高かったそうですね。
中西さんといえば、打球の速さでいろいろな伝説がありまして、
打球がショートに飛んで、ショートがジャンプしたけどわずかに届かなかったにもかかわらず外野の柵超えしたとか、
投手の肩の少し上を飛んだ打球がそのままホームランになったとか、
いろいろと伝説がありますね。飛ばないボールの時代の飛距離163mの特大ホームランはすごいなと思います。
 

球場

 投稿者:САША  投稿日:2018年 2月 4日(日)14時32分21秒
返信・引用
  徳川家康という人は慎重に物事を進める人だったと思います。
大阪球場は狭い球場で野村選手や門田選手がホームランをたくさん打てた一因だと思います。後楽園球場も狭い球場で王選手のホームランはギリギリで入るため大リーガーは犠牲フライの職人として王選手を大リーグで使いたいと思った人もいたようです。王選手はピッチャーだったため肩は強いのですが足が遅いため外野手では使えず内野も一塁手しかできないため強打者揃いの大リーグ一塁手では使えないと判断されたそうです。足が速く打球も速かった中西太選手は大リーガーも高く評価していました。
 

南海球場

 投稿者:木下筑前守  投稿日:2018年 2月 3日(土)10時20分23秒
返信・引用
  САШАさん、こんばんは

>大阪にいらした際に堀のつく地名に注意すればまた違った観光の楽しみ方ができると思います

 大阪は何度かいきました。難波・大正・日本橋周辺だけですけど(・ω・)
なんばパークスにある旧南海球場のホームプレートはなんか気持ちが高ぶりました。
というか、ここに球場があったなんて思えないほど、今は景観がかわってますね

>会津若松城の戦いで降参した一因に排泄物問題があったそうです

 検索してみたのですが、テレビで取り上げられて地元が抗議した事件があったようですね。
し尿処理は1か月程度の籠城ならさほど問題にはならないとは思うのですが。
中世ヨーロッパのように1年以上籠城とかならわかるのですが。
ヨーロッパの籠城戦で城壁を登る敵兵に糞尿を浴びせたと記録にありますが、し尿処理という一面もあったのでしょうかね。
話はもどして、若松城攻防戦で降伏した一番の理由は仙台藩が降伏したことでしょうね。
奥羽列藩同盟の盟主が両手あげたのなら、会津藩も徹底抗戦する意味もないでしょうから。

>豊臣家が存続するには徳川家康のお株を奪うような水面下の根回しで味方を増やすしかなかったでしょうね

 家康が征夷大将軍になって一回り(12年)で豊臣家を滅亡させていますけど、そんなに長い時間がかかっているということは
本当は豊臣家を滅ぼす考えはなかったということなんでしょうかね。
逆に言えば、豊臣家を滅ぼすお膳立てを12年かけて構築したともいえるのかもしれませんが。
結果論ですが、家康は豊臣家滅亡の翌年に死んでいますから、豊臣家が籠城で持ちこたえて、
秀忠時代になればあるいは生き残れたか返り咲いたのかなとも思えなくありません。
 

会津若松城排泄物問題

 投稿者:САША  投稿日:2018年 2月 2日(金)12時24分48秒
返信・引用
  今、会津若松城排泄物問題と検索すれば地元が猛抗議したそうです。根も葉も無い都市伝説を投稿し、すみません。忘れてください。  

人間の摂理と豊臣家の存亡

 投稿者:САША  投稿日:2018年 2月 2日(金)12時17分3秒
返信・引用
  こんにちは。大阪にいらした際に堀のつく地名に注意すればまた違った観光の楽しみ方ができると思います。
会津若松城の戦いで降参した一因に排泄物問題があったそうです。自分達の恥になるようなことは隠していますが本当は排泄物問題が主因ではないかと後世の研究家が指摘しているそうです。
大阪城の攻撃は二回で終わりましたが持ちこたえたとしても3回目4回目の攻撃があったと想像できます。豊臣家が存続するには徳川家康のお株を奪うような水面下の根回しで味方を増やすしかなかったでしょうね。
 

決戦

 投稿者:木下筑前守  投稿日:2018年 2月 1日(木)01時43分16秒
返信・引用
  САШАさん、こんばんは

>大阪城といっても今でも堀のつく地名がかなりあるように大阪全体で守られていました

 小田原城なみに惣構がありましたね。

>守る側も異常なまでの過剰な兵数でした。

 あの広さで10万人籠城というのはし尿処理が大変だったような気がします。
食料に関して言えば当時から大坂に諸大名の蔵米があったため、接収するだけで相当量
(福島正則の広島藩だけでも3万石)徴発できたので問題はなさそうでしたが。
冬の陣は守備に徹していますが、夏の陣だと堺・紀州方面に出撃していますね。
堀がなくて籠城では勝てないという判断と食料の問題もあったのでしょうか。


>真田幸村は過剰な兵数を野戦に回し陸路の補給を妨害する提案をしていました。

 家康は戦略的に大坂城を包囲していたため
(東海道と大坂城周辺を譜代大名で固めて包囲&補給線を確保していた)
出撃しても成功するかは?と判断したのでしょうかね。
大坂戦役の冬で野戦に決した場合でも豊臣家の負けだったとは思うのですが、
関ケ原以上の大決戦となったのは確実で、どこでどういう戦いになってたのでしょうか。
 

大阪城攻め

 投稿者:САША  投稿日:2018年 1月27日(土)15時08分22秒
返信・引用
  こんにちは。私の使っているアンドロイドでは別途資料は見れませんでした。
大阪城といっても今でも堀のつく地名がかなりあるように大阪全体で守られていました。北は淀川がありますし。徳川方の兵数も多いでしたが守る側も異常なまでの過剰な兵数でした。その兵数を有効利用するため大阪湾に入ってくる物資を叩けばよかったのですが作戦を決める人材の才能がなかったのでしょうね。兵糧がなければ和睦を提案する前に撤退していたでしょう。戦国時代優秀な策士が多かった中でも特に優秀な軍事の天才を父に持つ真田幸村の案をもっと採用していれば撤退していた可能性があります。父親があまりにも凄かったため子供は未知数だと思われていたのでしょうね。真田幸村は過剰な兵数を野戦に回し陸路の補給を妨害する提案をしていました。まあ多少は聞き入れられ小規模での戦いはしたようですが。
 

籠城

 投稿者:木下筑前守  投稿日:2018年 1月27日(土)12時34分44秒
返信・引用
  САШАさん、こんばんは

>兵糧攻めにあえば悲惨ですよね

籠城は後詰(援軍)がくるのが前提で行われますから、何か月かもてばいいという感じだったと思います。
時代が進むと戦争の規模も兵士数も大規模になったため、後詰がこなくても攻城側の兵站の消耗を
待つという手段で籠城が行われたようですね。
小田原征伐の豊臣軍、大坂戦役の徳川軍は共に20万人ほど動員したそうですが、
仮に兵士1人の消耗食料が1kgとしたら1日に200tの補給物資が必要です。
戦国時代には大八車などの車はなかったそうですので、
http://klibredb.lib.kanagawa-u.ac.jp/dspace/bitstream/10487/4740/1/02%20%20%E9%88%B4%E9%8C%B2%E3%80%80%E4%B8%89%E3%80%80%E5%B7%BB%E4%B9%8B%E5%85%AD.pdf
の35ページの一番左参照
馬なり人に背負わせて運ぶ必要がありますが、馬だと100kg、人間だと30kg程度が背負える限度でしょうから
馬だけでも1日2000頭到着させないといけないという計算ですね。移動中の馬は含まれませんし、
馬自体も食料(水は当時は供給源は各地に大量にあったので除外)がいるので、相当な規模での
兵站線を確保しないといけなかったのは想像に難くありません。
対峙した北条家も豊臣家もそんな兵站を確保できるわけがないと思ってたのかもしれないですね。

>熊本城は食べれるそうですね

 という伝承がありますが、実際はどうだったのでしょうか。西南戦争時に熊本鎮台の兵士が
加藤清正時代からあった「ひじき」を食したという記録はあります。
畳は芋茎で編まれて、土壁にはかんぴょうが塗り込まれていたとされていますが、実際にはどうだったのでしょうか。
かんぴょうはともかく、芋茎の畳は梅雨時の湿気で腐ってしまいそうな気がするのですが・・・。
実際に役立ったのは井戸の多さで、天守閣にも井戸があります。これは清正が蔚山城で水不足に
悩まされた戦訓から熊本城内に120もの井戸を掘ったそうです。
食べ物は1日なしでも我慢できても水はそうはいかないため籠城する側としてはありがたい点かと思います。

>昔の大阪城は昔ながらの内部だったのですが今は博物館のようになっています。

 熊本城もそんな感じです。
ただし、宇土櫓だけは建造時のまま残っているため中身も昔のままです。
 

食べれる城

 投稿者:САША  投稿日:2018年 1月24日(水)21時48分17秒
返信・引用
  こんばんは。
籠城って鳥取城、三木城、鶴が城の例があるように兵糧攻めにあえば悲惨ですよね。
熊本城は食べれるそうですね。名城といわれるだけあっていろいろと工夫されていると思います。
私は大阪城、姫路城しか行ったことがありません。是非熊本城にいつか行ってみたいです。昔の大阪城は昔ながらの内部だったのですが今は博物館のようになっています。
 

リーダーシップ

 投稿者:木下筑前守  投稿日:2018年 1月24日(水)20時06分1秒
返信・引用
  САШАさん、こんばんは

>今川義元はたった一回のミスでかわいそうですね

 それが戦争というものなのかもしれませんね。
似たような人物としては北条氏照がおりますね。
氏照は北条家の他家との取次、広くいえば外交官として活躍しておりますね。佐竹家と対抗するためか、
伊達家・蘆名家との外交や上杉謙信との交渉もしていますね。
本能寺の変では間髪をいれず上野(こうずけ)の滝川一益を攻めてその地を抑えるなど
時流を読んだ判断力もありました。
その成功続きが仇となったのか、秀吉による小田原征伐の際は徹底抗戦を主張してそれが容れられたがために
北条家滅亡の憂き目を見ました。
悲惨だったのは氏照の居城の八王子城の籠城戦で、徹底抗戦派の居城というわけなのか、
この惨劇は筆舌に尽くしがたい光景だったそうです。

>今回の安保は後方支援だけだと言っていますが有事になればいいとこどりばかりせずもっと手伝って欲しいという要請がある可能性があります

 アメリカ軍も量より質の感じで兵員を減らしていますので、人員不足は結構深刻なようで
日本も人員を最前線に立たせろとか言ってくるんでしょうね。そういう憲法の改悪はしてほしくないですが、
日本以上に悲惨な末路を遂げているドイツですが、海外派兵とか意外としていますし、兵器輸出もしてますね。
地べたの国境線の隣が敵という地勢的な問題もあったのでしょうが、ドイツの人は反戦!とか叫ばないのでしょうかね

>将棋でもそうですがラッキーだけで一時的に有利になったり勝ったりしますが

https://www.youtube.com/watch?v=bF9qW0fr7F0&t=124s

端的な例。王様を逃がさないと負け確定なのに逃がさなかった村山六段(当時)、
詰ます手順に気づかず違う手を指した広瀬七段(当時)。広瀬さんの表情からして、
着手して10秒あたりで「悪手」に気づいたと思いますが、最後まで気づかなかった村山さんが
結局勝ってしまってます。30秒という短い手ではなかなか筋を読み切れないのでしょうが、
そういう意味では運も大事なんですかね。

>政治家や官僚、軍人のトップの方々は専門性は凄いと思いますが全体像を把握する能力は未知数だと思います

 政治家だと軍事に疎く、軍人だと政治に疎いのは仕方がないですが、劉邦などのように、
いわゆる将たる将を持ちえた人がでてくればいいんかなと思えます。
B52が空母から発進してると発言した政治家もおりましたし、満州事変直後の熱河作戦など、
政治を全く試みずに軍事行動を起こす軍人もおりますし。
それを調整できる強力なリーダーがいればいいんでしょうね。

>すみません。大東亜戦争と書いてしまいましたが太平洋戦争の間違いです。

 公刊戦史では大東亜戦争なので問題はないです。
しかし私は大東亜戦争という呼称を使いません。
20世紀の頃からネット上では「日中戦争ではなく支那事変、太平洋戦争ではなく大東亜戦争だ」
と主張する人が多いですが、そういう人でも「日露戦争」とか言っちゃうんですよね。例外なく。
公刊戦史などの日本の公式文書ではたしかにその名前なのですが、

日清戦争→明治廿七八年戦役
日露戦争→明治卅七八年戦役
第一次世界大戦→日独戦争

公刊戦史等の公式文書ではこのようになっています。
「明治卅七八年戦役での乃木大将は・・・」
なんて言う人見たことねぇよ(´ω`)y━・~~
そのため、私は太平洋戦争と呼んでおります。
うちのてっぽうの話では、少しですが、文章の規定を設けておりまして、たとえば小銃という言葉はすべてライフルにしています。
(「64式小銃」等の固有名詞は例外)
あとは、いわゆる満州地方は中国東北地方と言い換えております。
(これも「満州事変」などの固有名詞は例外)
 

再び訂正

 投稿者:САША  投稿日:2018年 1月23日(火)23時55分39秒
返信・引用
  太平洋間で起こった対米戦争に訂正します。何回もすみません。  

訂正

 投稿者:САША  投稿日:2018年 1月23日(火)23時48分27秒
返信・引用
  すみません。大東亜戦争と書いてしまいましたが太平洋戦争の間違いです。  

国益

 投稿者:САША  投稿日:2018年 1月23日(火)12時23分5秒
返信・引用
  今川義元はたった一回のミスでかわいそうですね。織田信長はラッキーだったと思います。その運からどんどんのしあがっていき、勝率は決して高くなかったものの日本を一時的に軍事大国にしました。将棋でもそうですがラッキーだけで一時的に有利になったり勝ったりしますがそれでは長続きしません。織田信長は実力があったんでしょうね。
以前におっしゃっていたように日華事変でもターニングポイントありましたし大東亜戦争前と最中にもターニングポイントがありながらミス続きだったと思います。
第一次世界大戦で後方支援は国益にプラスだということを学んだはずです。上手に軟着陸させて第二次世界大戦もいいとこどりしていれば国益になったと思います。世界中からひんしゅくをかうでしょうけど。
今回の安保は後方支援だけだと言っていますが有事になればいいとこどりばかりせずもっと手伝って欲しいという要請がある可能性があります。後方支援を最初からしないと突っぱねても苦しくなればお願いしますと要請がくるかもしれません。その時に安保改正しても遅くないと思います。昔から感じていますが政治家や官僚、軍人のトップの方々は専門性は凄いと思いますが全体像を把握する能力は未知数だと思います。木を見て森を見ずってやつですね。将棋や囲碁でいう大局観です。
 

致命傷

 投稿者:木下筑前守  投稿日:2018年 1月22日(月)21時37分29秒
返信・引用
  САШАさん、こんばんは

>スポーツや勉強など努力や素質が影響する結果とは違う意味でです。

努力しても、素質よくても、特に戦争は1度のミスですべてを失うということにもなりかねませんからね。
太平洋戦争は1度のミスとは言い難く、ミスが積もり積もって真珠湾という引き金を引いてしまった感もあります。
1度のミスが文字通りの致命傷となったのは、今川義元でしょうか。
今川義元は大名家としてはいろいろと大変な経緯をたどっていますが、義元自身は有能で、
外交でも実績ありますし(武田・北条との同盟で敵を一方向に絞り込めた)内政面でも
申し分なかったのですが、桶狭間ですべて台無しになってしまいましたね。
桶狭間は一般には信長の計算しつくされた奇襲というイメージがありますが、実際には狭間といっても
当時は桶狭間山という山で(今は整地されて存在しない)、信長側としても味方が攻められているのに
後詰を出さないわけにはいかないし今川軍を攻めないわけにもいかず、ちょうど目の前の山に
敵がいたから攻めてみたら今川軍本陣だったという感じらしいですね。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉がありますが、
これは数少ない当てはまらない例とも思えます。

>今、米景気は空前の好景気です

 アメリカは好景気なのですね。あっしは目先(国内)しか見なかったので全くしりませんでした(´ω`)
好景気であれば、それを崩したくないのは政治家の道理でしょうから、朝鮮半島の緊張でも
戦争しようとは考えないでしょうね。逆言えば不景気になったらやばくなるということでしょうか。

>私は世界軍事ランキングなんてあまり信用していませんが

 数でえば、北朝鮮軍はトップ5に入りますね。
実際はバランス取れてるのが大事なんでしょうが、アヘン戦争頃の軍事といえば、
大清帝国は世界最大の軍事力を誇っていましたね。イギリスに負けたのは海軍力のとてつもない差ですが、
今の中国も海軍力といえばあまり海軍力は強いとはいえないから空母なり作ってるんでしょうか。
軍隊はバランスが大事ですが、日本にとってこれほど迷惑な話はないですね(´ω`)

 

追加

 投稿者:САША  投稿日:2018年 1月18日(木)17時17分18秒
返信・引用
  説明不足でしたので追加します。株価とは業績がよくなり株をたくさん買ってくれるから上がるわけですが、突き詰めていけば人気新商品をどんどんだし、お客様が買ってくれるから業績が良くなるわけです。つまり全体的にみれば文明が進歩したり生活が豊かになると株価は上がります。  

Re: 結果論

 投稿者:САША  投稿日:2018年 1月18日(木)17時06分36秒
返信・引用
  木下筑前守さんへのお返事です。

>こんにちは。おっしゃるとおり結果よければすべてよしと言われます。
それでは結果をだすにはどのようにすればよいか?スポーツや勉強など努力や素質が影響する結果とは違う意味でです。
それはいろんなシナリオを考え、状況判断したり対応力をレベルアップすれば結果をだせると思います。
私は将棋を少し指します。将棋とは努力や素質で強くなれますが極論をいえば状況判断能力や判断力が優れているほうが有利になります。しかし弱い人でも運で有利になったり勝ったりします。それは短期的であったり一時的なもので長い目でみると
状況判断能力や対応力が優れているほうが強いです。
今、米景気は空前の好景気です。日本も日経平均最高値には及ばないものの株式数と株価をかけた総額では同じようなレベルです。バブルの頃の最高値は明らかに過剰反応でした。株価とは文明が進歩したり生活が豊かになって上がるものです。バブルの頃と今とでは情報通信分野とそれに影響され全体的な産業が少し良くなっただけと思います。株価が永久に上がり続けるなんてことはありません。いつかは不景気になります。アメリカは不景気になれば戦争するパターンが多いです。ベトナム戦争以外、最近の戦争はすべて共和党がしたものです。日本は独立国なんですから米国よりにならなくてもどっちつかずの八方美人外交でよかったはずです。琉球王国なんてたいした武力も持たず薩摩に侵略されるまで数百年もおもてなしと八方美人外交で持った国です。私は世界軍事ランキングなんてあまり信用していませんが私見では日本の軍事力はTOP10に入ると思います。大東亜共栄圏で他国に協力してもたいして感謝してもらえず不満を言っている国さえあります。災害があったとき、お付き合い程度で派遣すればいいだけだと思うんですよね。あまり特定の国だけとべったりにならずほどほどにお付き合いすればいいと思います。
今回の安保が三国同盟の二の舞にならないことを願っております。
>
 

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