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おそくなりやした.
私は,文化の実在は否定しますが,存在は認めます.
前回,文化は「人々に根ざす」と書きましたが,もっと言ってしまえば,文化は観念です.特定の観念と観念が複数の人々とと共有されれば,そこに文化は存在することになります.そのときに,日本の文化がどこかに転がっていて,それを認識していると考えると,文化が実在しているということになります.前者がフッサール現象学で,後者がカント認識論とでもいえるでしょうか.
文化が実在すると考えると,正しい文化の認識というものが必然的に求められます.でないと,文化が実在すること自体,誰も証明できなくなるからです.で,正しい文化の認識をすることを誰ができるのか?と考えると,結局,完璧な認識を備えた超人を想定しないといけなくなります.これは,そのまま誰が正しい認識者かという話になり,結局,クライエント(作業療法士,その他誰でもいい)はわかっていないってなことになります.形式論的には,同じ構造です.
藤本さんは,文化は実在しないって考えと,文化は存在であるという考えの中間地点にいらっしゃると感じますが,いかがでしょうか?
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